媒体性と利便性のトレードオフ

自分はTwitterを筆頭にいくつかのWebサービスを利用しています。それらは非常に便利ではありますが、そのサイトに停滞するような作りになっていないことが多いため、広告媒体としての能力は非常に低いと言えます。
TwitterなんかはTwitterfoxほか3rdクライアントで自由に利用できるため、ハッキリ言って媒体価値はゼロだと思っています。仮にアメブロRSSのようにタイムラインに一行広告でも含まれるようになったら、利用者は一気に減るでしょう。
ただそれはサイト内広告に限っての話であって、一定数の会員を獲得してしまえばその数で売り込みをかけ、Twitterの特性を利用した外部とのキャンペーンをするといったことは可能です。

話は変わって、日本独自かはハッキリしませんが、一般層はWebサービスにおいて利便性の高すぎるものを避ける傾向が強いようです。

オソロしい「ツール感」

「利便性が高い=機能が多い=複雑」という図式が既に完成されており、機能ばかり優れていても画面構成によっては開いた瞬間、閉じられるという可能性もあり、そのバランスが非常に難しいです。
その画面構成というのを一言で表すと「ツール感」です。
以前どこそこのコラムで読んだ内容ですが、海外はWebサイトをONまで含めたツールとして利用する傾向があり、日本はあくまでOFFを楽しむためのコンテンツとして利用される傾向があるようで、ここがかなりのジレンマになっています。
サービスとしての機能性・利便性を上げるとツール感が高まり、コンテンツの見せ方を上げると機能性・利便性が下がってしまう、かといってどちらも中途半端すぎると人が居つかないといった、何とも絶妙なスパイラルなのです。

つまるところ

機能性と媒体性、どちらかが飛びぬけ過ぎていると万人に受けない、というところまでは分かりました。
mixiの機能性に対する不満は、利用者なら多くの人が持っているかと思われますが、実際に「多くの人に向けたサービス」を構築する上で「あえて機能性を落とす」という選択を多岐に渡り取っているのだろうと自覚しました。




下書き読み返したら、すっげー殴り書き。